タト部記憶

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『劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト』感想

間違いなく自分が今まで見たアニメの中で最も素晴らしい作品のうちの一本に入る,まさしく快作だった。30分前くらいに見終わったのだが,脳みそにあるアニメ快楽受容体がずっと活性化されていたせいでなんだか麻痺したような感覚になりながらキーボードを叩いている。

ネタバレ注意。

 

 

 

 

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210624@ティ・ジョイプリンス品川。2018年に放送された同名TVシリーズのその後を描いた,完全新作でありながらシリーズの完結編。

全体のつくりから先に触れておこう。「ワイルドスクリーーーンバロック」なんて言ってもうひたすらに展開,展開,展開が怒涛のように押し寄せる一見取り留めの無い作品でありながら,核になるテーマがビシッと一本通っている。

オーディションで「トップになれなかった」「主役になれなかった」自分を認めた少女たちが,自分の原動力を見つめ直し,各々の歩み方で再び次の舞台に立とうとする姿,まさに再生産と言うべきプロセス。この一点に向かって全ての要素が整然と配置されているのだ。

全ての意味を持ったモチーフ,鮮烈な演出,少女たちが発するセリフ,そこに込められた感情と,非常に大量の,しかも理解にエネルギーを要する情報を本作はたったの2時間弱に押し込めているのに,本作は全ての要素が整然とこの一点を指向しているから全く不明瞭な点が無い。これだけで他の作品では見られない稀有な視聴体験であって,この作品の完成度が高いと感じる最も大きなポイントはここにある。

TVシリーズから繰り返し出てきた舞台のセンターバミリの「T」と,トップを志向する「塔」のモチーフに加え,新たに本作から登場した彼女たちの進む道を表す線路のモチーフもバチバチにキマってて気持ち良い映像だし,挿入歌もバラエティ豊かで耳にも非常に楽しい。話・映像・音響,何もかもが実に見事に調和していた作品だった。

 

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自分なりに本編を振り返っておく。

いきなり3年生の進路面談のシーンから始まって,正直驚いた。TVシリーズの続編と聞いていたから,てっきり3年目の聖翔祭に向けたオーディションの話になるのかなーとぼんやり思っていた。蓋を開けてみれば彼女たちはその先の人生を見ているのだから,どんな話が展開されるのか及びもつかない。でも面談の様子と寮での会話を聴いているうちに,なんとなくわかってくる。

ただひたむきに舞台のセンターを目指し戦いに明け暮れた彼女たちにとってのオーディションは,2年目で終わってしまったのだ。そこには「センターになれなかった自分」を認めて自分が輝ける場所を探そうとしている大多数の少女たちと,神楽ひかりを失って舞台を目指す理由すら失くした華恋が残された。

ある者はそこが頂点だから,ある者はスカウトされたから,ある者は舞台全体を作る方向にアプローチしたいから,ある者は言葉の力を学びたいから,そんな理由をつらつら愚痴愚痴並べ立てながら,自分が輝ける別の道を見つけたような顔をしている。嫌味なほどに白々しく描かれたシーン。そんな輪から一人外れた大場ななが「喋りすぎなんだよ」とつまらなそうに独り言ち,一番尤もらしい理屈を捏ねて舞台少女の道を降りようとしている花柳香子がどこか煮え切らない態度を見せながら世界トップレベルの歌劇団を腐して,仮初の日常パートは早々に終わっていく。

何のためにその道を選ぶのか。あの時自分を戦いに駆り立てた原動力は失われたのか。5月21日になったのに3年目のオーディションが開催されないことが,彼女たちの心境の変化を痛々しく物語る一幕だ。

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国立劇場へと向かう丸ノ内線の車内で,日常はついに破綻を迎える。トンネルに入ったきり次の駅にたどり着かない少女たち。「列車が次の駅に向かうなら,舞台少女はどこに向かうのか?」何度も出てくるこの問いを引っさげて,再びあのオーディションの舞台が再現される。

誰もが仕方なく掴む吊り革から垂れ下がった衣装を,仕方なく(かどうかは知らないが)身にまとった舞台少女たちは,うだうだ理屈を捏ねているうちにあっという間に大場ななに瞬殺される。かつてあれほど変化を否定した大場ななが,あのときの原動力を忘れて先に進もうとしている他の少女たちを斬り捨てる役に回っているのは絶妙というほかないだろう。彼女たちはここでまさしく「死ぬ」。走る地下鉄を舞台に変え,並走車両からライトを浴びせ小道具を送り血しぶきを吹きかける,恐ろしく冴えた映像に思わず表情筋が緩んでしまう。間違いなく本作の一つの山場になっている。

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折り合いをつけたはずなのに,大場ななに再び「トップになれなかった自分」を突きつけられた面々は,3年目の聖翔祭の決起集会でもどこか浮かない顔をしている。そんな中,3回目の『スタァライト』の脚本が未完のまま発表される。ここで一瞬映るセリフがそっくりそのまま後のほうで出てくることからもわかるように,この『スタァライト』はまさしくこの作品そのもの,彼女たちの未完の人生そのものだ。

彼女たちは本当にここで「塔を降り」ていいのだろうか。舞台創造科キャラをしっかり再登場させながら,その賑やかさと少女たちの迷いのコントラストが鮮烈な印象を与える一幕だ。

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アルチンボルドよろしく食物の寄せ集めと化したキリンが,次のステージを賭けたオーディションを開催し少女たちを闘争へと駆り立てた自分こそ舞台少女にとっての糧であり燃料だと明かし,迷いの只中にあった少女たちを再び戦いに放り込んでいく。冒頭で破裂したトマトを齧る少女たちに一度は捨てた熱意が再び宿っているのがわかり,トマトが何のモチーフだったかわかるのがサイコーすぎる。

レヴューパートはもう語る言葉が必要ないくらい最高に楽しいので特に論うことはしない。それぞれが大切な相手に感情をぶつけながら,自分を舞台へと駆り立てた原動力に改めて向き合い,自分が進む道を見つめ直す。まさに再生産のプロセスであり,本作の核になるパートだ。

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唯一次の舞台に立つことを欲していないために次の駅で降りられず,列車に取り残されていた華恋。ついにひかりと再会し,やはり一度死に,再生産されるクライマックスは,他のレヴューパートがゴテゴテだっただけに少々シンプルだ。

でも約束の東京タワーで自分を捨てていったひかりと対峙して,自分の原動力だった幼い頃の約束を忘れたわけじゃなかったことを知ってトマトが破裂して死んで再生産されるの,全部がその一手って感じの展開じゃないですか。樋口達人と思考が一致してて何度も頷きながら涙してしまった。

自分の原動力を見つめ直した少女たちが各々のセンターバミリの「T」に腰掛けて見守る様子も,最後に全員マントを捨てるところも,もうオーディションがなくとも大事なことは忘れないんだよなあとなる。まさに完結編にふさわしいクライマックスだ。

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ここまで振り返ってきて何も瑕疵が見つからない。本当に素晴らしい作品だ。

一つ思うのは,実は華恋とひかりの話は特段重要ではなくて,むしろスタァライトという物語の主役になれなかった舞台少女たちの再生産に重きが置かれていたのではないかなーと思う。そう考えると,TVシリーズは人物紹介と挫折を描くための前座だったといってもいいくらいだなと。実際TVシリーズはなんか良いことを言いそうな感じを出しながら微妙に不完全燃焼で終わったので。本当にこの映画を見られてよかったなと思う。

 

 

 

 

◯その他感想メモ

  • キービジュアル。この作品の上映館を調べようと思って公式サイトを初めて訪れ,このキービジュアルを見たとき,正直ダサいなと思った。だって主人公である華恋を,あるいはもう一人の主人公であるひかりと合わせて二人をど真ん中に大写しにするのが常法だろう。TVシリーズはそうしてたじゃん。でもこのキービジュアルは全てのキャラクターを同じくらいの微妙な大きさで,なおかつ誰が中心でもないように均等に配置している。あまりにもインパクトに欠けるキービジュアルだ。が,各々が各々の人生の主役なんだから逆にこの描き方以外ありえないのだと今にしてみれば思う。線路も然り。
  • 花柳薫子・石動双葉パート。開幕異常博打空間(張った張った!w)からのデコトラ登場で仁義を切りながら感情を吐露するシーンで鼻水出た。清水の舞台でデコトラと一緒に向かい合う異常な絵面もさることながら,別の道であっても香子と並び立っていたい双葉で絶叫しそうになる。監督は任侠映画デコトラヤンキー映画にハマってたのかな
  • 神楽ひかり・露崎まひるパート。一番近くで華恋の才能を見ていた二人だからこその舞台に対する恐れと,それを演技で覆い隠すことに決めたまひるの覚悟,覆い隠せずに逃げたひかりへの苛立ち,からの和解で叫びそうになった。お前が金メダルだよ。ここまで来たらもうオリンピック中止になってほしい。
  • 別の形であっても頂点で華恋と並び立つことが原動力だったひかりだけがこの話で再生産されてないんだよなと思った
  • 星見純那・大場ななパート。輝きを目指すことから逃げるな,逃げるなら今ここで自ら腹を切れと詰め寄る大場なな,他人の言葉の力に頼るのをやめて自分の言葉で戦う星見純那,一緒に先を目指したいという気持ちを再確認しつつ各々の道に別れる「T」字路,からのエンドロールでもうボロボロ泣いたよね
  • 天堂真矢がひたすら額縁に合わせて役を演じる人形(演技ロボか?)のようでありながら実はその内面は感情ドロドロ(視聴ロボのようで実は巨大感情のオタクか?)で,クロディーヌとの切磋琢磨があってこそ役として,演技者として高みに立つことができるみたいなパートが関係性って感じで叫びだしそうになったのだが,TVシリーズでのこの二人の掘り下げをあまり記憶していなかったのでイマイチ乗り切れなかったのが惜しい。血のサインのT。
  • ふと自分の人生を顧みれば,形は違えど「トップになれなかったその他大勢」と同じような選択をして今ここにいるので,忘れがちなものを教えてくれる映画というか,そういう意味でencouragingな話だったなあと思う。